akam 見えない星 2026.6.18
自分の二次創作中の赤安について学習させたAIに、プロットに対して執筆作業において下地のみを任せ、私が更に加筆修正等の細かな編集を行っています。無断転載等はおやめください。
※掲載時点でpixivに掲載している連載「熾火」(連載は終了しています)の内容を一部含みます
深夜だった。
海岸沿いに設けられた小さな駐車場には、一台の車だけがぽつんと停まっていた。夏が近づいているとはいえ夜風はまだ少し冷たく、街灯の明かりもまばらで、周囲に人の気配はない。海水浴場というほど整備された場所ではなく、地元の人間が気まぐれに立ち寄る程度の海辺だった。
エンジンは切ってある。窓の外からは、遠くで寄せては返す波の音がかすかに聞こえていた。その音は車内の静けさを壊すことなく、むしろ夜の深さを際立たせているようだった。
運転席の降谷はコンビニで買ったおむすびを食べている。助手席の風見の手にはサンドイッチがあった。どちらも数分前に立ち寄ったコンビニで適当に選んだものだ。
仕事帰りだった。いや、正確には仕事が終わったわけではない。公安の仕事に明確な終わりなどない。今日の案件がひと段落しただけで、明日になればまた別の報告書や別の任務が待っている。ただ今は、そのわずかな隙間の時間だった。ふたりとも腹が減っていたし、少しだけ座って休みたい気分だった。
降谷は包装を持ったままおむすびを一口かじると、フロントガラスの向こうへ視線を向けた。海のほうを見ているのだろうと思ったが、その横顔はいつも以上に力が抜けていて、どこか仕事中とは別人のようにも見えた。
「海の上は星がきれいだな」
独り言のような声だった。
風見は反射的に顔を上げる。フロントガラスの向こうには暗い海が広がっていた。水平線は夜の闇に溶けていて、その先が空なのか海なのか判然としない。空は晴れているようだったが、風見には星がよく見えなかった。
目を細めてみる。だが見えるのはところどころの小さな光だけで、それが星なのか遠くの船なのかもよく分からない。最近、視力が落ちた気がする。長時間パソコンに向かう仕事が増えたせいかもしれない。
「そうですね」
結局そう答えた。降谷は小さく口元を緩めたようだったが、それ以上は何も言わなかった。
静寂が戻る。風見はサンドイッチを食べ、降谷はおむすびを食べる。会話はない。それでも不思議と居心地が悪くなかった。風見は降谷と長く仕事をしてきた。だから知っている。様々な顔を持つ降谷だが、実際には常に話し続ける人間ではないし、慎重で余計なことは話さないタイプだ。むしろこうして何も話さない時間のほうが、彼にとっては自然なのだろう。
波の音だけが続いていた。時折吹く風が車体を軽く揺らし、フロントガラスの向こうの暗闇をさらに広く感じさせる。
やがて降谷が先に食べ終わった。包装を丁寧に畳み、ビニール袋へ入れる。風見も最後の一口を飲み込み、同じように片付けた。がさがさとビニールが擦れる音が車内に響き、その音が消えるとまた静けさが戻った。
降谷は頬杖をついていた。窓の外の海を眺めている。街灯の光が横顔を曖昧に照らしていた。疲れているようにも見えたし、そうでもないようにも見える。
風見はしばらく迷った。話しかけるべきか、それともこのまま放っておくべきか。しかし結局、口を開く。
「赤井さんはどうしているんですか」
降谷は動かなかった。視線も海から外さない。数秒の間を置いてから答える。
「アメリカにいるよ」
静かな声だった。
「そうなんですね」
風見はビニール袋の口を結びながら言った。
「遠いですね」
「そうだな」
短い返事だった。
風見は袋を足元へ置く。それから少し考えた。なぜそんなことを思ったのか自分でも分からなかったが、気付けば言葉が口をついていた。
「遠距離恋愛はつらくないですか」
聞いた瞬間、余計なことを言ったかもしれないと思った。別に興味本位ではない。答えが聞きたいわけでもない。ただ、降谷は赤井の話題になると少しだけ機嫌がよくなる。本人は隠しているつもりなのだろうが、風見には分かる。長い付き合いだからこそ分かる程度の変化だった。
それに、降谷がそういう話をできる相手は案外少ないような気もしていた。公安の同僚には話しづらいだろうし、職業柄、友人に気軽に話すタイプでもない。だから風見は時々こうして話題を振ることがあった。気遣いの一つだった。
降谷はしばらく答えなかった。相変わらず海を見ている。風見は自分の質問を少し後悔し始めていた。
数秒後、降谷は答えた。
「どうだろう」
その返しは曖昧だった。けれど、どこか本気で考えているようにも聞こえた。
波の音が続いている。
風見は黙って待った。降谷もまた、すぐには続きを話そうとしなかった。
「でも、そうだな……」
やがて降谷が口を開く。
「仕事に没頭しているときは思い出さない。けれど、一人になった瞬間にふと考えることはある」
そこで言葉を切った。
「それはたぶん、僕が彼を恋しがっているということなんだろうな」
風見は思わず目を伏せた。
恋という言葉が降谷の口から出てきたことに、妙な居心地の悪さを覚える。別に聞いてはいけない話を聞いたわけではない。自分から振った話題だ。それなのに、恋という言葉がどうにも降谷に結びつかず、胸のあたりが変にむず痒くなった。
それと同時に、どこか安心している自分にも気付く。仕事に没頭しているときは思い出さないと彼は言った。
風見はかつての降谷を思い出した。まだ赤井と結ばれる前の頃、公務中、彼がふと意識をどこかへ飛ばしていることがあった。ぼんやりしているというほど露骨ではない。けれど長く付き従っていれば分かる程度には、心ここにあらずな瞬間があった。
あれはたしか、赤井が降谷を突き放したと思われる時期だった。今思えば、あの頃の降谷はずっと苦しかったのだろう。
そう考えると、仕事に集中している間は忘れられるという言葉に少しだけ安堵した。少なくとも今は、赤井の存在が降谷を蝕むものではなくなっている。赤井が信頼されるようになった証なのかもしれない。
「でも」
降谷が続ける。
「赤井は、僕がそういう気持ちでいるだろうことを分かっているから、あえて僕に連絡してこないのかもしれない」
風見はかすかに眉を上げた。
「そうなんでしょうか」
尋ねながら降谷を見る。垣間見た横顔には、薄い笑みが浮かんでいた。
「赤井は、僕のことをおそらくこの世で一番理解している男だと、僕は思う」
風見は目を丸くした。
へえ。
そんな感想がまず浮かぶ。降谷が他人についてそこまで言い切るのをこれまで聞いたことがなかった。
降谷は風見を一瞥した。その反応に気付いたのだろう。肩をすくめると、また前を向く。
「深いところまで」
付け足すようにそう言った。
風見は押し黙った。降谷の言いたいことはなんとなく分かる気がした。
赤井と降谷は、おそらく互いの心の深いところまで見抜いているのだろう。表面の言葉や態度だけではなく、その奥にあるものまで。風見にはできないことだった。そもそも普通の人間にできることなのかも分からない。二人は異様なほど頭が切れる。観察眼も鋭い。相手の僅かな変化や沈黙から多くを読み取る。それは彼らが異端なまでの賢さを持っているからこそ可能なことだ。
「でもな」
風見が黙り込んでいると、今度は降谷のほうから口を開いた。
「理解できるということは、理解しすぎる可能性があるということでもあるから」
ざん、という波の音が聞こえる。
「理解しすぎるということは、必ずしも幸福じゃないということを、僕は知った」
風見は返す言葉を持たなかった。
意味は分かるような気もするし、分からないような気もする。赤井と降谷の間には、きっと自分の知らない時間がある。知らない感情がある。理解できないほど深いところで共有されている何かがある。
「……そうですか」
結局、そう相槌を打つことしかできなかった。
降谷の言葉が余韻を残し、どこか複雑な気持ちになる。
自分には、赤井ほど降谷を理解することはできない。もちろん、それは当然のことだ。恋人と部下を比べるような話ではない。それでも胸の奥に生まれたわずかな引っ掛かりに気付き、風見はそんな自分がいることをひどく嫌悪した。
横を見る。降谷はまだ海を眺めていた。
その横顔には微笑が浮かんでいる。それは幸せそうな笑みというわけではなかった。
どこか胸が苦しくなるような憂いを含んだ微笑みに見えた。